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2024
11
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調査研究部

海業振興モデル地区について

はじめに

近年、漁村の人口減少や高齢化、漁獲量の低迷に伴う漁業所得の減少等により地域の活力が低下する中、海や漁村に関する地域資源と漁港を最大限に活用した「海業」等の取組を推進するため、令和4年3月に閣議決定された漁港漁場整備長期計画(令和4年度~令和8年度)では、重点課題として「『海業』振興と多様な人材の活躍による漁村の魅力と所得の向上」が掲げられました。実施の目標として、漁村の活性化により都市漁村交流人口を、おおむね200万人増加させること、漁港における新たな海業等の取組をおおむね500件展開することとしています。
新たな海業の振興に向けて、漁港管理者や漁業関係者、海業を実施する民間事業者等を含む関係者が協議を重ねた上で合意形成を図り、関係者の認識を共有するためには、事業化に向けた計画の作成が必要となります。しかしながら、海業の取組をしたいと希望はあるものの、地元関係者はノウハウを有しておらず、事業化に向けた検討が進んでいない地域が見受けられています。
水産庁は、500件の漁港における新たな海業等の取組実施に向け、海業振興の先行事例を創出し広く普及を図っていくため、令和5年3月に海業振興のモデル形成に取り組む意欲のある地区の中から海業振興モデル地区(以下、モデル地区とする。)を12地区選定しています。そこで、モデル地区を対象に、令和5年度「海業振興に向けた事業化検討支援調査」の委託を受け選定された12地区のうち9地区を対象に⑴ 現地調査等による現状、課題整理⑵ 現地関係者による協議会の開催⑶ 海業振興のための事業計画作成を行いました。
本稿では、水産庁による令和5年度水産基盤整備調査委託事業「海業振興に向けた事業化検討支援調査」について、実施した成果の一部を紹介いたします。

内容

以下の調査事項について9地区のモデル地区ごとに検討を行った。事業方針及び海業取組概要を表1に整理し、事業計画作成にあたり計画の骨子(案)を取りまとめました(図1)。

表1 モデル地区の海業の取組の概要

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  対象地域 対象漁港等 申請者 取組内容 分  野
岩手県 大槌町 吉里吉里 大槌町 磯焼け対策として駆除したウニの漁港内静穏域を活用した蓄養、観光交流協会や地域おこし協力隊と連携し藻場再生活動を組み込んだスキューバダイビング、小中高を対象とした海洋学習 等
福井県 高浜町 高浜 高浜町 観光協会と連携し教育旅行受入れを見据えた漁業体験、旧荷捌き所を活用した体験施設の整備、定置水揚げの鮮魚直売の朝市開催、海鮮BBQ場整備、海辺のカフェ整備(民間企業誘致)等
静岡県 沼津市 戸田 戸田観光協会 海の駅認定による「マリンチック街道」の登録と活用、漁港におけるプレジャーボートやヨットの受入れ事業化、海の駅を活用したヨットレース等の開催、大型クルーズ船などの招致と事業化 等
静岡県 牧之原市 地頭方 南駿河湾漁業協同組合 旧漁協事務所や荷捌き所、漁港用地等を活用した蓄養施設や直売所、食堂設置、漁業体験を含む観光プログラム(漂流ごみやマイクロプラスチック、磯焼けのことを知ってもらう場の設定)、漁船クルージングやマリンレジャーの体験 等
三重県 明和町 下御糸 一般社団法人明和観光商社 プレジャーボートの受入れやダイビングの運営、防波堤や釣り利用の開放や釣り用生け簀の設置、渚泊、漁船クルージングの運航、直売所の開設、朝市の開催、漁港の静穏水域でのカキ養殖、スジアオノリの陸上養殖 等
兵庫県 新温泉町 居組 浜坂漁業協同組合 漁業と調和のとれた海域利用によるシーカヤックやSUPでの漁港周辺の絶景ポイント観光、海上アスレチックやジップラインの運営、地元海産物の販売や刺身捌き体験、バーベキューができる施設の設置 等
和歌山県 太地町 太地 太地町漁業協同組合 漁業者による渚泊(漁家及び漁村家庭での宿泊・聞き語り体験)、シーカヤックやSUP事業の教育旅行や学年行事の推進、ダイビングや各種マリンスポーツ、海上遊歩道に併設した釣り用筏の設置 等
長崎県 対馬市 比田勝(港)、泉、鰐ノ浦、豊、大浦、富ケ浦、唐舟志、浜久須 上対馬町漁業協同組合 港湾のターミナル機能拡充等による受入体制の充実と合わせ各地域へ観光客を誘導するためのシステム構築、漁師が提供するアドベンチャーツーリズムによるインバウンドからの外貨獲得(旬の高級魚や未利用魚の提供、マリンレジャー体験等) 等
熊本県 天草市 牛深 天草市 地域総合交流施設の整備(漁業体験プログラムの運営等)、ヨットやプレジャーボートなどマリーナスペースの整備・海上いけすの設置・企業誘致や、直売所および飲食店の開業などの取組を後押しするチャレンジスペースの整備
事業計画骨子(案)(熊本県天草市)より一部抜粋

図1 事業計画骨子(案)(熊本県天草市)より一部抜粋

⑴ 現地調査等による現状、課題整理
モデル地区のうち、9地区(岩手県大槌町、福井県高浜町、静岡県沼津市、静岡県牧之原市、三重県明和町、兵庫県新温泉町、和歌山県太地町、長崎県対馬市、熊本県天草市)について、以下の①及び②により、地区の現状や課題を整理した。
①現状の把握及び課題の抽出
各モデル地区の現状及び海業を振興する上での課題について、現地調査や関係者ヒアリング等により整理した。
②地域経済循環分析等による現状評価
地区の水産業の現状について、産業連関分析や地域経済循環分析等により経済波及効果等の予測評価を行った。

⑵ 現地関係者による協議会の開催
①協議会事前準備
⑴で得られた調査結果や現地関係者の意向を踏まえ、海業の事業化に向けた具体的な内容の検討を行った。また、検討した内容について現地関係者からヒアリング調査等を実施した。さらに、協議会開催に向け、メンバーの選定や必要な場合は専門家や有識者を選定した。
②協議会開催
現地関係者による協議会を開催し、関係者から意見を聴取の上、方針を取りまとめた。協議会は、各モデル地区において2~3回開催した。協議会は、検討の進め方や海業の方向性、事業計画の策定状況や意見交換を行い、事業計画に位置付ける事業や主流事業の概要をまとめた骨子案及び事業計画案に関する合意形成を行うことを目的として開催した。

⑶ 海業振興のための事業計画作成
①事業計画作成
⑵の検討内容を踏まえ、海業の事業化に向けた事業計画を作成した。事業計画作成に当たり、計画の骨子(案)を作成し、事業目的、ビジネスモデル、体制等について示したうえで、事業計画書を取りまとめた。また、地区の概要(現状、課題等)、事業の概要(事業のコンセプト、競合や市場規模などの環境面、漁港ストックの利活用方針、地区の将来像、活用する支援事業等含む)、実施体制、人員計画、関係者の役割分担、事業実施に向けた手続き・調整事項、財務計画等について取りまとめた。
②海業の事業化による効果算定
海業の事業化による効果について、環境省の提供する地域経済波及効果分析ツールや経済主体間関係図を用いて分析を行った。

おわりに

本調査で海業事業の事業計画書を作成した地区のうち、いくつかの地区では、「漁港及び漁場の整備等に関する法律」(令和6年4月1日施行)で規定されている「漁港施設等活用事業」の活用を想定していました。この事業は新たな取組であるため、「漁港施設等活用事業」を想定している各地区において「漁港施設等活用事業の推進に関する計画」(漁港管理者が作成)や「漁港施設等活用事業の実施に関する計画」(漁港施設等活用事業 実施者が作成)の作成に関するフォローアップが必要となると考えられた。
また、漁港の活用を検討する際に、使用されていない漁業関連施設の取扱いが課題となる例がありました。例えば、機能移転等により遊休化した漁協所有の施設等で、解体費用の負担が困難で放置されている施設などです。解体に係る補助は限られており、これらの施設の存在が遊休化したエリアの活用促進における支障となりえます。このため、海業等により漁港の活用を推進するにあたり大きな課題となると考えられ、解決に向けた仕組みづくりが必要と考えられました。
さらに、来訪者を呼び込んで水産物消費を促し、地域で体験消費をしてもらうような海業の場合、観光客の動向や社会の消費傾向等の社会状況の変化が地域の海業に大きな影響を与えることが懸念されています。また、本調査で作成した事業計画書をベースに、社会状況の変化を踏まえ、今後も継続的に事業計画書の更新、特にビジネスモデルをブラッシュアップしていく必要があると考えられます。

(第3調査研究部 海老原 碧)

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