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2023
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調査研究部

水理模型実験による防波堤マウンド被覆材の耐津波所要質量の検討

はじめに

東日本太平洋沖地震津波により多くの防波堤が被災しました。その原因の一つとして、防波堤マウンドの被覆材が流出したことによるマウンド石材の洗掘があげられました。以来、復旧や津波対策として、マウンド被覆材の耐津波所要質量を精度よく見積もる手法が検討されてきました。現時点では主に2つの手法があり、1つはイスバッシュの式による机上検討、もう1つは水理模型実験です。前者は外力と被覆材の安定数=イスバッシュの定数という2つの諸元さえ揃えば比較的簡便に算定可能ですが、精度の良い安定数の見積もりが課題であり、外力=津波流速が大きくなると、算定精度の面で難があり、数百トンというような非現実的な質量が算定されるという事例が非常に多いのが現状です。一方、後者は、それに要する期間、費用、施設等、決して簡便とは言えない手法ですが、精度の面においては、現時点で最も信頼できる手法といえます。
今回は、東北地方太平洋側の漁港を対象に、水理模型実験による被覆材の耐津波所要質量算定に係る業務において、イスバッシュの式による算定結果と、水理模型実験による算定結果について比較検討しましたので、報告します。

調査内容

⑴ 津波が防波堤を越流する場合の所要質量

津波が防波堤を越流する場合、机上検討においては、三井の式(漁港・漁場施設の設計参考図書p.109参照のこと)による算定の精度が良いことが知られています。しかし、本件でもそうであったように、三井の式ではなく、越流水脈の打ち込み流速を外力として、イスバッシュの式が適用されるケースが散見されます。その結果、所要質量が極めて大きくなり、その算定結果では事業実施が不可能となるため、本件のように水理模型実験による算定が実施される事案が多いと思われます。
本件でも机上検討結果と水理模型実験結果が大きく乖離し、机上検討で必要とされた所要質量に対して、水理模型実験では、机上検討結果よりもはるかに小さい質量の被覆材で安定であるという結果を得ました。

⑵ 津波が防波堤を越流しない場合の所要質

津波が防波堤を越流しない場合、机上検討においては、イスバッシュの式による算定が一般的に用いられています。
現状では津波流速が大きくなると、イスバッシュの式による算定は、所要質量が極めて大きな値が算定される事例が多く見られます。しかし、実験をしてみると意外にもイスバッシュの式で算定した所要質量よりもはるかに小さい質量のブロックで安定である事例が多く見られます。本件でも机上検討結果と水理模型実験結果が大きく乖離し、水理模型実験では、机上検討結果よりもはるかに小さい質量のブロックで安定であるという結果を得ました。
今回は、越流および流速に対する水理模型実験結果を通して、津波に対するマウンド被覆材の所要質量が、机上検討と水理模型実験結果とで大きく乖離する理由について考察した内容を報告します。

津波越流に関する考察

表1に既往の机上検討における越流に対する所要質量を示します。防波堤を越流する津波に対して、被覆石の所要質量を算定したものです。

表1 机上検討結果(越流)

イスバッシュの式 式 港内側(越流)
捨石等の上面における水の流れの速度u(m/s) 9.525
イスバッシュの定数y(被覆石:0.86) 0.86
重力加速度g(m/s2) 9.80
捨石の密度ρr(t/m3) 2.60
海水の密度ρw(t/m3) 1.03
捨石等の水に対する比重Srrw 2.52
水路床の軸方向の斜面勾配ɵ(° ) 0.00
所要質量M(t) 94.24
既設被覆石(t) 0.50
既設被覆石実質量(t) 0.50
判定 NG

対象漁港の防波堤の既設被覆材が被覆石のため、石材を対象にした検討を行っています。表1の流速は、越流水脈の打ち込み流速となります。それをイスバッシュの式に適用して所要質量を求めています。しかし、イスバッシュの式における流速は「捨石等の上面における水の流れの速度」とされていることから、明らかに「越流水脈の打ち込み速度」とは解釈が異なります。そのため、所要質量が極めて大きく算出されたと考えられます。したがって、越流に対してイスバッシュの式を用いるのは適切ではないと考えられます。なお、イスバッシュの定数0.86は石材に対する値で、式の考案者であるS.V.ISBASHが実験から与えたもので、石材に対してこの値を用いている点は適正です。
三井の式は、津波の防波堤越流現象を再現した実験から考案された算定式であるため、精度が非常に良いことが知られています。特徴として、外力を越流水深としている点で、越流時の流速は関係しないところがあげられます。ただし、三井の式における安定数が、石材に関しては明らかになっていないため(被覆ブロック各種は検討、公開されている)、現時点で精度の良い算定を行うには、本件のように水理模型実験を行うのが望ましいと考えられます。

津波流れに関する考察

表2に既往の机上検討における津波流れに対する所要質量を示します。防波堤を越流しない津波に対して、その流れの流速を外力として、所要質量を算定したものです。

表2 机上検討結果(津波流れ)

イスバッシュの式 式 港内側(流れ)
捨石等の上面における水の流れの速度u(m/s) 7.700
イスバッシュの定数y(被覆ブロック:1.08) 1.08
重力加速度g(m/s2) 9.80
捨石の密度ρr(t/m3) 2.30
海水の密度ρw(t/m3) 1.03
捨石等の水に対する比重Srrw 2.23
水路床の軸方向の斜面勾配ɵ(° ) 0.00
所要質量M(t) 11.21
既設被覆石(t) 1.00
既設被覆石実質量(t) 1.00
判定 NG

対象漁港の防波堤被覆材は被覆石でしたが、被災が想定されたため、被覆ブロックについて机上検討を行いました。実際、実験により既設の被覆石は被災するという結果になりました。机上検討では被覆ブロックの所要質量は11.2tと算定されていましたが、実験では2tの被覆ブロックでも被災はなく、机上検討結果と実験結果が大きく乖離しました。その原因として、イスバッシュの定数を1.08としている点が考えられます。
イスバッシュの式では流速を6乗とするため、流速の微少な変化でも所要質量に大きな影響が出ます。また、6乗とするイスバッシュの定数yも、やはり微少な変化で所要質量に大きく影響する値といえます。イスバッシュの式による算定において、「一般的な被覆ブロックの値」として、表2にもある1.08という値が用いられるケースが非常に多く、これが大きな問題点であるといえます。この値はもともと消波ブロックの「テトラポッド」を対象に行われた実験(岩崎ら,海岸工学論文集(1984))による値です。ブロック製品を対象にイスバッシュの定数について研究したものはこの例ぐらいしかなく、この研究成果の値が、「ブロックの値」として用いられているケースが多いためです。イスバッシュの定数は、ブロック形状に応じた特性値であると考えるのが自然です。
本件の実験においても、実験流速と、実験に使用したブロックの質量からイスバッシュの定数を逆算してみると、1.57以上と推定され、1.08に比べると大幅に大きな値となりました。また、この推定値を用いて所要質量を算定すると、実験結果相応の質量となりました。このように、イスバッシュの式を用いてブロック製品の所要質量を検討する際は、イスバッシュの定数を1.08とするのではなく、ブロック形状に応じた値で算定することで、算定精度が向上するものと考えられます。(一社)漁港漁場新技術研究会では、様々なブロック形状ごとのイスバッシュの定数の検討をし、結果を公開しているので、参考にするのが良いと考えています。

おわりに

今回は、東北地方太平洋側の漁港を対象に、水理模型実験による被覆材の耐津波所要質量算定を行い、イスバッシュの式による算定結果と水理模型実験結果とを比較し、考察しました。現象による算定式の使い分けの重要性、イスバッシュの式においてはイスバッシュの定数の見積もりの重要性を確認しました。また、精度の良い算定を行うためには、水理模型実験を行うのが望ましいことが、改めて確認されたと考えています。

(第1調査研究部 丸山 草平)

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