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- 2025
- 6
水産基盤整備の諸課題への解決にむけて
~防災、海業、漁村総研の役割など将来へのヒントを伺う~

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- 近藤健雄
- 日本大学名誉教授/三洋テクノマリン株式会社 海辺のまちづくり研究所 所長
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- 浅川典敬
- (一財)漁港漁場漁村総合研究所 理事長
昭和22年生まれ。昭和45年日本大学理工学部建築学科卒業、昭和47年ハワイ州立大学大学院修了、昭和48年日本大学理工学部建築学科助手、昭和56年同学部海洋建築工学科助教授、平成7年同学科教授を経て平成29年日本大学名誉教授。同年4月より、三洋テクノマリン株式会社海辺のまちづくり研究所所長に就任。近年は、海辺に学ぶ体験活動協議会(CNAC)顧問、海の駅ネットワーク理事、千葉県館山市ふるさと特使の他、国・県の委員会の委員や一般法人の理事等を歴任。
今回は、日本大学で長らく土木工学の教鞭をとり、水産基盤整備行政への的確な助言をいただいている近藤健雄先生をお迎えして、水産基盤の諸課題についてお話を伺いました。近藤先生は、現在は日本大学名誉教授であって、民間コンサルタントの研究所長の役職にもあります。また、漁村総研の評議員として、常に的確なご示唆をいただき、漁村総研の組織運営に携わっています。水産基盤の分野について、豊富なご経験とご見識をお持ちの近藤先生に、この分野の主要な課題について、当研究所理事長の浅川がお話をお伺いしました。(令和7年3月10日三洋テクノマリン会議室にて)。
災害と防災について
浅川 この度は、対談をお引き受けいただき有難うございます。近藤先生におかれましては、漁村総研が事務所を構えていた、約30年以上前からお世話になっていまして、当研究所の経緯・業務等を熟知されていますので、本日は忌憚のないお話をいただければと思います。
近藤 そうですね。設立当初は、根本さんが理事長の時代でした。漁村研究では、広島大学の地井先生(早稲田大学卒)が活躍されていたかと思います。漁村総研とは、そのころからのお付き合いです。
浅川 先生は、広範なご見識がありますので、何から話題にしようかと悩むところですが、まずは災害・防災についてお話できればと思います。今年は、阪神淡路大震災から30年、東日本大震災から14年を迎えました。また、昨年元旦には能登半島地震が発生しました。これら大震災について、先生のご経験等お伺いできますか。
近藤 神戸の震災時は、陸路が麻痺していましたので、小型船が大変な活躍でした。漁港とマリーナが防災拠点として役割を担ったのですけど、それぞれ調査しましたら、漁港とマリーナ関係者で1日200隻ぐらい、最初の1週間船で救助や物資を運んだり、緊急避難希望者を搬送したりと大変機動的に活躍しました。東日本大震災では、避難行動等の調査をしましたが、我々が特に注目したのは、まず5分以内に行動を起こした人はほとんど助かっているということです。初動対応の重要性を再確認しました。命を落とした方は、ギリギリまでそこに残っていたことが想定されます。避難場所の環境整備、高齢者・障がい者等の弱者への対応も課題として指摘したいと思います。
浅川 東日本大震災当時は、水産工学研究所に勤務していましたが、発災後に水産庁の取締船で支援物資に搬送を兼ねて被災概況調査を実施しました。惨状を思い出すたびに今でも胸が苦しくなる思いがします。何から手を付ければ良いのか思考が停止してしまうような状況でした。延べ2カ月程現地調査を行い、水産基盤施設の被災状況の全容の把握に努めました。その後、水産庁にて震災を踏まえた「漁業地域づくりガイドライン」の改訂を行いました。委員として参加させていただきまして、その事務局を漁村総研が務めていました。
近藤 この震災を経験して、水産庁の行政に都市計画と地域活性化の視点が重要視されたのではないでしょうか。従来、国土交通省の所掌のまちづくりは、漁港・海岸保全施設の防災機能と一体的に整備する必要があることが重要視されたと思います。
浅川 有事の際は、どこの所管だからということではなく、ポジティブ型支援でできるところが推進していくことが必要かと思います。ご指摘のとおり都市計画の視点が必要でしたので、復旧に際して水産庁とUR(独立行政法人都市再生機構)が初めて連携して漁村の再興がなされたと認識しています。また、改訂ガイドラインには、堤外地・堤内地、高低差による配置について、計画論として提示しています。漁船の避難のルール化についても初めて整理されました。

近藤 大きな災害を経験して事前防災の重要性というのを再認識したのではないでしょうか。公共施設や避難施設の配置も考慮されてきました。車での避難を想定したまちづくり、災害弱者を避難させるための事前計画など、事前防災の考え方が普及したと思います。
浅川 そうですね。あってはならない経験ですが、そこから沢山学びました。現地調査を通じて、沢山の想定外を確認しました。防潮堤の越流によって背後のコンクリートが剥離して倒壊に至るメカニズム、胸壁の門扉は被災しなかったものの門扉の戸袋の薄い部分が崩壊した事例など設計時に想定していないことが表出しました。それから、これは強調して指摘したいのですが、閖上(ゆりあげ)漁港の防災拠点対応の岸壁は、レベル2で設計したいたので津波の来襲にも全く問題なく機能したのですが、使われ方が想定外でした。災害支援物資の搬入ではなく岸壁背後は災害廃棄物の置き場として利用されることとなりました。あれだけ大量の廃棄物が出ることは誰も想定していませんでした。
海岸関係について
浅川 先生は、「千葉県の海岸整備の検討会」の委員をされています。海岸整備の難しさは地域住民とのコンセンサス形成かと思いますが、その点どのように考えられていますか。
近藤 地球温暖化によって、沿岸部にどのような影響があって、どのような対策を講ずる必要があるかを検討しています。千葉県の東京湾の内湾と東海岸から九十九里浜にかけての区域を検討しています。やはり、九十九里浜の浸食問題が大きな課題となっています。ご案内の通り、この海域はハマグリの好漁場となっているのですが、浸食等の影響もあり好漁場が少なくなっています。浸食対策には砂を他から搬入せざるを得ない。ところが、地元の方は、自分のところの砂だったらいいけども外から持ってくるのは、けしからんということで、なかなか同意を得られないということなのです。また、防潮堤が必要となる地域では、まず住民に説明会を開いて、将来このようになりますと説明するわけですが、「高い防波潮堤はいらない」「避難すればいいじゃないか」「気象庁が予測したり、事前対策が取れるんじゃないか」などと答えはノーなのです。
浅川 東日本大震災後の防潮堤建設も同様に難航しました。住民説明会には、防潮堤賛成の方は来ませんから、住民の総意をくみ取るのは難しいですね。でも、防潮堤を整備して背後の住民の命を守ることは行政の責務ですから、進めなくてはならないですね。現在、海岸整備は都道府県の自治事務※1となっていますが、従来は法定受託事務※1でした。国土保全であって国民の生命財産は、本来国が責務を果たすべきだと考えていますので、国の事務として法定受託事務が適当と考えています。地方分権改革で自治事務となってしまいましたが、明らかに改悪ですので、将来は戻すべきと考えています。
近藤 神奈川県では、古くから住民を巻き込んだ海岸整備の在り方を議論しています。SURF90※2では、海岸の利用について地域住民を巻き込んだイベントを開催しました。私も参加していましたが、土木事務所が勉強会や検討会を開催し、「浜風通信」という新聞を作成して情報交換を行っており、コミュニティを巻き込んだ先進的な海岸づくりを進めています。
浅川 海が好きで移住されている方も多い土地柄ですから、住民が一体となって海岸利用を考えていくということかと思います。行政は、調整がなかなか大変ですが、大切なプロセスだと思います。鎌倉漁港もサーファーの方などと議論を積み重ねて20年くらい検討した後、漸く着工する運びとなったようです。

海業について
浅川 近藤先生は、館山市のふるさと特使を務めていらっしゃいますが、水産庁の政策として海業の推進が現下のテーマとなっていますので、地域の活性化のヒントなどご教示いただけないでしょうか。
近藤 館山は、東京湾にアクセスするための拠点になり得る立地環境にあります。そういうことから、漁港を活用したフィッシャリーナにもう少し力を入れてもいいと考えています。伊豆七島へ船で行く途中に、館山で2~3日船を係留できるところがあれば、食事をしたり、地元の酒を飲んだり、観光を楽しみたいという声があるので、そういう受け皿づくりが重要と考えています。千葉県、商工会議所、漁業者を巻き込んだ協議会を設置して議論できればと思っています。その時は、マリーナ業界に財政的なサポートもお願いできればいいのですが。
浅川 役所時代にフランスでPFIのマリーナの例を見てきました。それは、港を民間業者に貸し付けて、基本的に自由にマリーナの営業ができる仕組みとしていました。同様の仕組みで日本でも立上げたいと思っていましたが、本邦初の垂水のPFIは、利用料金も漁港管理者が設定する仕組みとなってしまいましたので、事業者の工夫の余地がなくなってしまいました。現下、法改正がなされ補助金の入った施設利用の自由度も向上しましたので、今後に期待です。
近藤 館山の対岸の神奈川、静岡と結ぶルートとして、館山の港を活性化させることが期待されますので、私は引き続き提案していきたいと思っています。
浅川 漁港の有効活用は重要なテーマですので、我々も考えていきたいと思います。空港の名前に面白い名前を付けているかと思います。米子は鬼太郎空港、高知は竜馬空港、出雲は縁結び空港、最近はハローキティも登場しました。地域活性化のアイディアとして漁港にもそのようなユニークな名前を付けてもいいと思うのですがいかがでしょう。
近藤 それはいいですね。実は館山市では、もう20年ぐらい前から街路のヤシの木一本植えるのに、だれだれさんの木ということでお金をいただいて名前を付けて植えています。ネーミングライトのようなものですね。市長さんはアイディアマンなので一度提案してみたいと思います。
浅川 1種2種漁港は、館山市の権限で名前を付けることができますから、地元の理解があればそのようなことも実現するかと思います。資金提供者の宣伝にもなりますし、地域活性化の起爆剤になると面白いのですが…
漁村総研への期待
浅川 近藤先生は、漁村総研の評議員をお引き受けいただいていますので、今後の漁村総研への期待などをお聞かせいただけないでしょうか。
近藤 評議員の方は、錚々たるメンバーなのですが、私はどちらかというと泥臭い研究者としてアドバイスできればと思います。いろんな漁港も悩みを抱えながら、今後どうしたらいいかっていうことで悩んでいます。海業という新しい概念が言葉として生まれて、新しい器に新しい心が育っていく環境の中で、これをどう育てていくのかが今後重要な課題かなと思っていまして、漁村総研にはイニシアチブを取ってもらいたいものです。
浅川 海業の推進は、漁村総研の大きなテーマです。昨年度、調査研究第3部を立ち上げて、海業専属部署隊を創設しました。まだ、我々も成長途上のところがありますが。
近藤 今後、分野を超えたネットワークが必要だと思います。食品関係、流通関係、建設関係など異業種の方にも、評議員、理事など運営にもかかわっていただいたら、今までと違う情報が得られるかと思います。私もバトンタッチする年代になっているので、新陳代謝を図って異業種、異分野の方を取り入れていくことが重要かと感じています。
浅川 先生ご指摘の課題解決に向けて漁村総研も取り組み、責任の一端を担いたいと思います。具体的には、都市と漁村の交流を図るための都市漁村交流推進協議会を次の総会で発展的に改組して海業推進協議会とすることを検討しています。情報共有の場として機能させて行く所存です。
最後に
近藤 漁村総研は、関係者が集うコミュニティとして機能しているかと思います。これからも現場の声を受け止めて課題解決に邁進してください。
浅川 漁村総研は、みんなの研究をモットーに頑張っています。水産基盤の課題として、スマート水産業、地球温暖化対策、市町村支援などなど、近藤先生のご見解など伺いたいのですが、そろそろここで終わりたいと思います。本日は、長時間にわたり、有難うございました。
- ※1 「自治事務」とは、地方公共団体の処理する事務のうち法定受託事務を除いたものとされ、「法定受託事務」とは、国が本来果たすべき役割に係る事務であって国においてその適正な処理を特に確保する必要があるものとして法律又はこれに基づく政令に特に定めるもの。
- ※2 ライフセービング活動を実施しているボランティア団体。ライフセービングを通じた地域と社会への貢献を実践する。
